関西出張〜関東帰省? から戻りはや1週間以上。道内での新ネタがありませんので、またまたMyデジタル一眼黎明期の鉄写真を紹介する「過去鉄」シリーズです
いまを遡ること5年以上前の東北撮りつぶしの旅。八戸線の朝イチを撮った後は、岩泉線に転戦したようです。この頃から一大ブームを起こしていた盛岡のキハ58系急行色、キハ52国鉄一般色ツートンですが、初めて「塗り変わった!」と聞いたのは気仙沼線お召しに出撃中のことでしたか(後者だけだったかも)。首都圏色(タラコ)や急行色はオンタイムで見慣れた存在でしたが、ツートンは駅撮りスナップ程度でしか撮ったことが無く、オリジナルの最後の一両を木次線まで行きながら捉えられなかったこともあって(当時はネット情報も無くぶっつけ本番でしたから…)、思わず写真にはならない盛岡駅山田線ホームまでそのまま足を延ばし確認へ行った記憶があります。盛岡キハの人気沸騰がその後の米坂、大糸につながったのは間違いないわけで、茨城交通、島原鉄道ばかりでなくJRそのものが「国鉄色」を復活させる時代になったかと(時代認識に誤りがあるかも知れません)感慨深く感じたものです。国鉄改革アレルギーを克服出来ていない我が地元の北だけはいまだにその時流に乗ってませんが、世のリバイバルブームが私自身を鉄活動復活へ動かしてくれたことも間違いありません
【茂市〜岩手刈屋】盛岡52の悲しい所はやはり横窓。大窓で一段というスタイルはどうしても許せず(※意見には個人差があります)、なるべく正面がちに狙うようにしてました。確かこの時はレンタカーが段差でパンクし、身動きとれなくなって手近にあったサクラ? を絡めた気が…
【岩手大川〜押角】返しは押角峠国道俯瞰。何故か2カットとも後追い。天気良い時に撮りたかったです。まあ見える光源はテールライトと押角駅周辺の街路灯だけという侘しさを表現したということで…。画素数が現在の半分以下のカメラですので開放に近い値で撮ってますが、今なら恐ろしくてそんなことはできません(見かけ上は変わらないんですけどね)
前説が長かったということは、写真が少ないことの裏返しということで…