札幌漫鉄オヤジの鉄写真撮影記 Satsumann's Railroad Photograph Log

国鉄時代に生まれ、当時の車体色を維持する車両を追い回す!

      「 国鉄型車両には、旧態依然スタイルの鉄道写真がよく似合う…」                   Restart 2018/09/10 689400-

【 基本、写真が主、動画が従、のスタンスで撮影しております。悪しからず 】                                      
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【2015/08/20】葬式鉄には非ず通夜鉄。惜別、24系25形寝台特急「北斗星」

 【2015/08/22 補遺】【2015/08/24 訂補】
 国内鉄道界的にはブルートレインが全廃になるってんで、結構な騒ぎになっているんですな〜。粘着質のA型なもんで、まもなく30年が経とうとしている国鉄分割・民営化を押し進めた当時の政権党 (※偶然にも? 原発再稼働や安保法案をゴリゴリと押し進める現在の与党と同じ系統) が、プロパガンダに用いていた「国鉄が分割されても、会社間をまたがる長距離列車や夜行列車には影響はありません」との言葉は忘れておりませんし、その後のそれなりに需要がある夜行列車も、じつは社内的な理由があるにもかかわらず (※おもに夜間要員の合理化) ナンダカンダ理由をこねくり回してマスコミ→世論を誘導し、次々と廃止に持ち込んだ姑息な手段も気に入らんですし、それらにマンマと乗せられて「感動をアリガトウ!」とか叫んじゃう葬式鉄とはゼッタイに一線を画したい…、…そもそも論で行くと、青くなっちゃった凸凸デデゴイチやバカ殿そのもののチョンマゲ振りかざしEDは見てるだけでその素材への屈辱、恥辱を感じてしまう…(※あくまでも意見には個人差があります)ので、完無視を決め込むつもりだったんですが…。夏休みで札幌へ行くことになったものですから、自分なりの「北斗星」との別れ方はどうすれば良いのだろうかと…。で、出た結論が…



 【新札幌駅 ケツ撃ちで罪の無い客車側 (金帯車登場は国鉄時代末期の『あさかぜ』からですから…) から撮る…、というもの。民営化時に最も忌み嫌った (※意見には個人差があります) 、おそらく史上最大にして醜悪なJRマークは絶対に写らない画角、クソ青ガマ (※意見には個人差があります) も極力隠れる場所、そして優雅なオリジナルの24系25形らしい大窓が並ぶ (改造車らしい小窓が見えない) 札幌発時山側のサイドということで、この場所の選択に…

 思えば小学生だった時分、たしか1両800円でやっとの思いで買った3両のTOMIX24系25形客車 (もちろんN) に、この飾りヒゲ付きカニ24 (当時は銀帯) が入っておりました (カニ24+オシ24+オハネフ25と記憶。あと死ぬ気で買った3800円のEF81 300) 。いずれ「スキャン鉄」が本格化すればお見せする機会もあるかもしれませんが、鉄写真に足を踏み入れた当時、初代ブルトレの20系は定期運用はすでに急行のみとなっておりましたので、自分らの世代にとってはまさに14系、24系こそが「寝台特急」でありました
 初ブルは隔世遺伝主でいまは亡き父方の祖父、もはやナニにも反応しなくなった祖母に連れて行ってもらった日本交通公社の「ブルートレインで行くSL『やまぐち』 (※復活初年) 乗車と秋芳洞・萩の旅 (※推測名) 」で乗った「あさかぜ」下関編成のBネだったでしょうか。記憶では3段でしたが、祖父がやたらに「寝台幅が20センチも広くなって、寝返りができる」と興奮していたのを覚えています。その後、まったく鉄に興味がない父に無理矢理引率させた西日本旅行の帰路を「出雲」とし、ついに念願のオシでの食事を達成。まだ律儀に朝7時になると、職員がベッドにやってきて、もう東京通勤圏内に入っているのに「寝台解体」を行っていた時代のことです…
 さらに保護者なしで旅に出る時代になりますと、もちろん高嶺の花のブルは、「乗るモノ」から「撮るモノ」となりまして…。突然東海道スジ以外でもヘッドマークが復活し、それまで貨物専用機と言われていたEF66が特急牽引に抜擢された`85年3月改正以降は、どの地方へ行っても外せないメーンターゲットとなったのでした… (当時は撮り鉄内にも「カマ屋」「ハコ屋」という細分類がありましたっけ…。ナゼかハコ =動力分散型車両= も撮る自分は武i先輩や、O塚くんからは『キハユニ友の会』とかってバカにされていました…) 。まだインターネットなんて言葉も知らなかった時代、ヒサシ付きの後期型しか入らないと言われていた東海道ブルに突然901号機と17号機 (たしか…→ネット情報によると18号機だそうです。でもロクロクもロクニーもやっぱ初期型がイイよね〜 =※意見には個人差があります= ) が数往復イレギュラーで入り、何の前触れもなく突然ボウズ顔がファインダー内に飛び込んできた時の興奮は、両毛線御召とともに、今後も鉄人生オーガズムBest10 (下ネタ失礼!) から外れる事は決してありません!
 自分で金を稼ぐようになってからは、熊本出張帰りに伝統の九州ブル個室寝台元オロネ25 (※国鉄時代から伝統の、東海道ブルヘッドマークタオルに感動!) を「はやぶさ」で奮発したり、あえて小倉から大分までレンタで走って「富士」Bネ全区間完乗をしたりというのもありました…。厳密にはグリーントレインですが、関西出張帰りに「トワイライトエクスプレス」でひたすらゴロゴロ帰還 (航空券に早割設定が無い春はこちらの方が安いんですな…) というのも複数回…
 「北斗星」自体はEF81 95牽引の一番列車を日暮里で撮り、DD51の色が変わるとの悲報 (※意見には個人差があります) に、親には「友人宅に泊まり込みで受験勉強してくる」と偽り大沼、長万部へ撮影行。その後も北海道旅行へ向かう際には、時間節約が必要であれば郡山あたりまで新幹線で追っかけて乗り継ぎ、航空券代が出た就職試験時はもちろん往復フル乗車。北海道移住後は、帰省に、東北への撮影旅行への足として、と結構な頻度で利用 (初期は撮影も) させてもらいました。ちょっとフツーの乗り鉄の方とは違うかもしれませんが、昼前まで二度寝していられる、というのが非常に贅沢に感じましたね〜。食堂車グランシャリオは結局パブタイムと朝食のみでの利用。そ〜いえば、有珠山噴火う回で山線経由となり、ブルータイムに窓から明かりを漏らしながら長い編成を蛇行させ走る姿も、脳裏から離れない鉄道名シーンの一つになっております… (※撮らずに乗って、飲んだくれてましたが…) 。歴代で好きなカマを並べれば、原色DD51重連ED79下枠交差パンタ > EF81原色ローピン > (以下外道扱い=※意見には個人差があります=) EF510→色は別にどっちでも…、といったところでしょうか…



     
 最後に、一応新札幌カマ側のにぎわいっぷり と、▼たまたま快速乗車前に来た琴似での回送動画 (※お恥ずかしながら、札幌発17時12分と勝手に思い込み、余裕の一時間前行動と思っていたら、抜かれてしまったという…。しかもこの時点では『回送早いな〜』ぐらいにしか思っていなくて、新札幌でアセるハメになった… =イマイチ気分が乗っていない時、結構こういうミスやります…。車内放送でもしっかり言ってるのにね〜…=。まぁ結果2分前行動でも、ケツ狙いは誰もいなくて監視役の駅員氏もたいへんヒマそうでしたが… ) もお見せしておきます。そしてナゼ「葬式鉄」ではなく「通夜鉄」だと言い張るのかと申しますと、これらの列車は自分にとっては最後のブルトレでも、世間的には最終一本前、つまり最終日2日前の設定列車だからなのであります…
     
 いよいよ残す国鉄スタイルの客車列車は、北海道版ブルートレイン (座席車のみの「ニセコ」「天北」組成でも、14系使用なら道内ではこう呼ばれた…) 、急行「はまなす」のみとなりますね…。「カマ屋」が泣いております…
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▼【身内CM】 こちらの写真展、お盆休み中にこちらへさらに北上しております。宗谷本線の聖地、問寒別駅へお立ち寄りの際、幌延でお乗り換え待ちの方は是非こちらへも!

   

 ▼ラッセル車動画の再生リストです! Playlist of Snowplow train(Youtube)

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